前回は1990年に発売されたスーパーファミコンまでのロンチタイトルとその当時の状況について書いてきました。
この後日本ではスーパーファミコンが大流行、さらに海外ではそれに加えてジェネシス(メガドライブ)も流行するなどします。
その後4年間目だったハードは発売されませんでしたが、1994年、それまでゲーム機では馴染みのなかったメーカーを加え、一気にゲームハードが発売され、据置ゲーム機史上最大の次世代機戦争が始まることになります。
3DOのロンチタイトル
1994年3月20日発売。ロンチタイトルは 6本。
このハード発売を皮切りに、第5世代と言われる次世代機戦争がスタート。
・ウルトラマンパワード(バンダイ)
・ザ・ライフステージ(マイクロキャビン)
・ペブルビーチの波濤(T&Eソフト)
・チキチキマシン猛レース(フューチャー・パイレーツ)
・山村美紗サスペンス〜京都蔵馬山荘殺人事件〜(パック・イン・ビデオ)
・ファイアボール(日本データワークス)
3DOはもともと3DO規格というものに沿ったゲーム機で、日本で松下電器がライセンスを受けて販売したものが「3DO Real」。それまでのゲーム機ではハードの開発に関わったメーカーが販売する例が大半でしたが、ここだけはバラバラ。日本ではどっちかというとパソゲ―で有名だったほうのメーカーの名前が見られます。
ちなみにこの後1994年9月23日にバンダイからプレイディアが出ますが、タイトル大半(全部?)はバンダイ製で語るところが少ないので(一応書くとロンチは『ドラゴンボールZ 〜真サイヤ人絶滅計画 地球編〜』『美少女戦士セーラームーンS 〜クイズ対決!セーラーパワー結集!!〜 』『SDガンダム大図鑑』)割愛。
セガサターンのロンチタイトル
1994年11月22日発売。ロンチタイトルは5本。
・バーチャファイター(セガ)
・ワンチャイコネクション(セガ)
・TAMA(タイムワーナーインタラクティブ)
・麻雀悟空 天竺(エレクトロニック・アーツ・ビクター)
・MYST(サンソフト)
任天堂の次世代機ハードが遅れていたのもあり、次世代機戦争の大本命となっていたのがこのセガサターン。それは今までの実績があること、さらに当時ゲーセンで大流行していた『バーチャファイター』が家で出来るという圧倒的な強みがあったことによります。そのため44,800円と高価でしたが、ゲーセンでバーチャをプレイしていた人に特に売れていました(まあソフトの移植度は大好評でも、初期のアーケードジョイスティックのほうに不満が集まっていた記憶がありますが)。
そして続編の『バーチャファイター2』は、サターンで一番売れたソフトとなりました。
あと日本では翌月、メガドライブの拡張ハードとなるスーパー32Xが発売。これは海外で特に普及していたメガドライブでの延命を狙ったものでしたが、これが致命的大失敗になります。
プレイステーションのロンチタイトル
1994年12月3日発売。ロンチタイトルは8本。
・リッジレーサー(ナムコ)
・極上パロディウスだ! DELUXE PACK(コナミ)
・クライムクラッカーズ(ソニー・コンピュータエンタテインメント)
・A列車で行こう4 EVOLUTION(アートディンク)
・熱血親子(テクノソフト)
・TAMA(タイムワーナーインタラクティブ)
・麻雀悟空 天竺(エレクトロニック・アーツ・ビクター)
・麻雀ステーションMAZIN〜麻神〜(サンソフト)
プレイステーションはもともとは任天堂とソニーが共同で次世代機開発をしていたが物別れになり、ソニーから出たハード。当時のソニーはゲーム業界へはほとんど新参でしたが、圧倒的な広報力で、初期から次世代機戦争の中でも目だった存在となっていました。
ロンチタイトルで注目したいのはナムコ。有力サードパーティーであるナムコは、ファミコン時代以来(いろいろあって)任天堂ハード以外にメガドライブやPCエンジンなどマルチに展開していましたが、ここでロンチタイトルからアーケードで人気だった『リッジレーサー』をリリース。それが大人気となります。インパクトのあったのは、ロード中にゲーム(『ギャラクシアン』)が出来るということだったでしょう。
あと、ロンチからセガサターンと両方で出されているタイトルがありますが、このサターンとプレステでの両方発売は、PSが優勢となるまで多く行われることになります。
この直後の1994年12月8日、アタリからアタリジャガーが発売されますが、日本では(日本でも)ほとんど存在感を示すことなく消えてしまいました。アタリについてはこちら。
PC-FXのロンチタイトル
1994年12月23日発売。ロンチタイトルは3本。
・卒業II 〜Neo Generation〜(NECホームエレクトロニクス)
・TEAM INNOCENT -The Point of No Return- (ハドソン)
・バトルヒート(ハドソン)
実質PCエンジンの後継となるハードでしたが、その当時流行していた3D機能を持っていなかったことで、アニメーションを主体としたムービー的な方向に行かざるを得なくなります。その後も普及せず、PCエンジンの系統はここで終了となりました。
バーチャルボーイのロンチタイトル
1995年7月21日発売。ロンチタイトルは5本。
・ギャラクティックピンボール(任天堂)
・テレロボクサー(任天堂)
・マリオズテニス(任天堂)
・レッドアラーム(T&E SOFT)
・とびだせ!ぱにボン(ハドソン)
このハードは任天堂で商業的に失敗したハードとよく言われますが、その当時の任天堂のトップゲームメーカーという立場、そして次世代機戦争中のゲーム業界により、そもそもこの次世代機の系統というかゲーム機の系統で並べられたことが不幸だったと考えます。おそらくはそこではなく、『ゲーム&ウォッチ』、ひいては非電源の『テンビリオン』的な既存のゲーム機とは言えない、全く新規のものとして存在することが出来ればよかったのでしょうが、時代がそれを許してくれなかったのでしょう。
あと1996年3月28日にバンダイからピピンアットマークが出ていますが、ハードではそれ単体よりもその後の業界含めて語るところはあっても、ソフトで語るところがほとんどないので割愛します。
NINTENDO64のロンチタイトル
少し遅れること1996年6月23日発売。ロンチタイトルは3本。
・スーパーマリオ64(任天堂)
・パイロットウイングス64(任天堂)
・最強羽生将棋(セタ)
次世代機戦争の大本命で、『スーパーマリオ64』はゲーム史上に名を残すくらいの大評判となりました。
しかし、当時既にセガサターンとプレイステーションが先行し、さらにプレイステーションが豊富なソフトのリリース、さらには有力サードパーティのスクウェアが翌年1月『ファイナルファンタジーⅦ』を発売したこともあり、そちらにシェアが大きく移ってゆきます。その結果いろいろ。
この頃プレイステーションは参入のしやすさから多数のサードパーティーが集まりソフトが豊富でしたが、任天堂は粗製濫造におけるN64ソフトの品質低下を恐れて絞ったことでソフトが少なくなってしまったのも要因としてあります(事実圧倒的に参入メーカーとリリース数が多かったPSには、良作が生まれた反面駄作も多かった)。
とはいえ、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』など任天堂ソフトの大ヒットもあったことや、1996年似発売されたゲームボーイ『ポケットモンスター』の世界的大流行もあり、主に低年齢層向けに存在感を維持することとなります。
次回は1998年以降、ドリームキャストやゲームボーイアドバンス、DS、PSPといったもの、すなわち携帯ゲーム機が存在感を増してきた時代について書こうと思います。
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