スポンサーリンク

これからのゲーム音楽に訪れる危機の可能性について

今まで3回続けて書いてきましたが、最初に思いついたのは今日書くことでした。その前段階の話もまとめておく必要があったかなとおもったのでそちらから書いてゆきましたが、やっと本論にたどり着きました。とりあえず今日のエントリーだけでもよいのですが、前のを読まれるといろいろといい感じです(私が)。

古の音を今に生かしているゲーム音楽
ゲームの黎明期である1980年あたりでは、ゲーム音楽という概念自体がまだないに等しい時代でした。そこではゲームの音を専門に作る人がいるわけではなく、プログラマがそのハードで鳴らせる音を使って、音楽らしきものを作っていたようなことも数多くあっ...
曲がゲーム音楽として作られる際の音源以外の個性
前回は、現代における昔のゲーム音源を使用して個性を出す試みが行われていることを書きました。 でも、ゲーム音楽の個性は音源であり、他の個性はないのかというと、それはNOだと思います。というわけで今日はその話を。
昔、ゲーム音楽コンポーザーはハード技術者にも近かったという話
今日は先日の予告に沿う形で「現在のゲーム業界におけるとある変化が、ゲーム音楽に影響を及ぼすのではないか」ということを書こうとしたのですが、その前の前提として書いておかなくてはいけないことがあると思ったので、そちらを先に。 とりあえずこ...

では、今日はいよいよ「現在の業界再編におけるゲーム音楽の危機の可能性」について書こうと思います。

 

前回、最近のゲーム業界ではゲーム不況の煽りのほか、ハードが外部で作った音をそのまま収録できるようになってしまったために、かつてはゲーム音楽を作るだけでもハード的な側面のものなど多くの人間を必要としていたゲームサウンド部門が縮小してゆく傾向にあるのではないか、という話を書きました。会社で一番費用がかかるのは、原則人件費です。故に現代においてはゲームサウンド部門を持たなくても、最低限の人数だけで、必要に応じて外注に音楽作成を注文すればこと足りる、と経営者が考えても不思議ではありません。もちろんこれは音楽ばかりではなく、CG作成などに関しても言えることかもしれませんが、ことひとつのゲーム制作に関してかかる人数が少なくてすむ音楽においてはそうなる傾向が強いのではないかと思われます。

たしかに多くのコンポーザーは退社した後も独立して音楽制作に携わるケースが多いです。そして多くの場合は、在籍時と変わりなく、名曲を生み出しています。故にこれからもゲーム会社内にサウンド部門を持たなくても大丈夫と思われるかもしれませんが、それが危険なのです。

現在、ゲーム音楽を制作をされる外注の方は、かつてゲーム会社に在籍していた人などが非常に多くいます。もちろんゲームとは縁の薄い人に作曲を依頼し、それが成功するケースもありますが、どちらかというとそれは少数派で、多くの場合はゲーム制作経験者の方が多いのではないでしょうか。しかしこれは何もメーカー時代のつながりだけではないと思います。なぜゲーム制作経験者に頼むのかというと「ゲーム音楽の文法」を知っているからではないかと。

 

ゲーム音楽はたしかに音源的には普通に生演奏される音楽と聞き分けがつかないくらいになってきてはいます。しかし、それには音源以外の個性があることは前にも書きました。それは「ゲームにあわせる」ための曲であること。すなわちそれはその曲だけがよいものであっても役不足で、ゲームにあわせてそれを演出し、そこから受ける印象を高めなければいけないのです。全く逆に言えば、たとえ曲が地味であったとしても、その使われた部分をすばらしく演出することに成功していれば、ゲーム音楽としては成功しているとも言えます。

ただ、これらを作るのには、ゲームにおける音楽の使われ方のことをわかっている人じゃないといけないと思うのです。音楽的雰囲気だけなら、音楽を作成できるプロの人なら多くの人ができるでしょう。しかしゲームでは雰囲気にあわせて曲をその場に貼り付けるだけでは、不十分なのです。

たとえば、ゲームは多くの場合プレイヤーの進行スピードにあわせる必要があるので、ループをさせます。しかしそれはゲームの長さにあわせて適切な長さで、きわめて自然にしなければいけません。ほかにも音楽と振興がばらついていないか(あまりにも一致していないと違和感が生じる)など、ゲームに使う音楽ならではの要素が多数あると思うのです。

 

ゲームは映画などと違ってただ見るだけはなく、プレイヤーが操作という形で干渉します。ほかにもいろいろほかの媒体とは違う点があります。故に、映画やドラマのBGMを作れる人であっても、そういったゲームならではの特徴を知り、それをふまえた「ゲーム音楽の文法」を知らないと、ゲーム音楽としてはダメとなる可能性も大きいわけです。

今までは、現場で実際にゲーム制作に携わり、そのようなゲーム音楽ならではの文法というものを多くのコンポーザーは知ることが出来、そこからさらに自分なりの要素を追加して、それらがゲーム音楽を発展させてきたのでしょう。

しかし今、このようなメーカーにいて、外注として一体化されたゲーム制作取り切り離されて音楽が制作されると、はたしてこのようにゲームに密接に関わり、その細かい演出も出来る立場になるのか、というのが心配なのです。外注になると開発現場に張り付いて、そのゲームの出来方にあわせて音楽を作るというような密接なゲーム音楽作りよりも、やはりちょっと切り離された立場となってしまう可能性があるのではないかと思えるのです。もちろんこれは制作現場により違うでしょうが、もし、音楽に対して認識が薄いディレクターがいたとしたら、そのような演出されないまま乗っけられただけの音楽が増える危惧があるのです。もっとも逆に音楽演出の仕方をわかっているディレクターなり、内部のサウンドスタッフがいれば、たとえ外注でも適切な指定をしたりなど連携がとれて、その問題はないことになりますが(この連携をとる役がゲーム制作において重要という話は、またそのうち)。

 

ただ、それより深刻な問題があります。それは今ではなく、5年とか10年先のこと。その問題とは、「新しいゲーム音楽作曲家が育たなくなる」ということ。

今は問題ありません。なぜなら最初に書いたように、外注の人であっても、多くはゲーム制作に直接携わっていた人で、「ゲーム音楽の文法」を知っているから。しかしこれから外注化が進み、サウンドチームが現場と離れてくると、ゲーム音楽の文法を現場で身につけられる音楽作成者が減少します。つまり「若手が育たなくなる」という可能性が出てくるのです。そしてもし若い人が曲を作っても、それはゲーム音楽の文法とかけ離れた、ただ雰囲気にあったく曲を流しているだけ、となってしまう可能性もあり得るのです。そして今まで積み重ねられてきたゲーム音楽の文化に新しい風が入ってこなくなり、停滞してしまう可能性も否定できないのです。サウンド部門の縮小において、そのことが一番心配なのです。

しかし、このまま衰退の一途をたどる、と決定したわけではありません。まだゲーム会社でサウンドを担当する人が少なくなってきてはいますが存在しますから、そこで育成されて出てくる可能性も大きいというのがひとつ。そしてもうひとつは、今までゲーム音楽に携わってきた人がその技術を伝承するということもあるでしょう。たとえば独立した人が制作したサウンド会社に新人が入ってくれば、そこで「ゲーム音楽の文法」で、作曲する術が伝承されるでしょう。そして技術の伝承が成功すれば、ゲーム音楽がその個性を保ち続けられ、新しいものも乗っかり発展を続けるのではないかと。

 

ちなみに、現在だと同人ゲームや個人制作のゲームが多く出ていますが、このようなものが新たなゲーム音楽クリエイターの育成の場になるかどうかも注目です。
なんだかんだで20年以上の歴史が出来てしまったゲーム音楽なのですから、これからもその独自性を保ち、発展してゆくことを願う次第です。

タイトルとURLをコピーしました