ゲームにおける続編もののストーリージレンマ

ネットを巡回していたら、スラッシュドットjpに大変興味深い話題がありました。

ビデオゲームが真のエンディングを迎えるには、コケるしかない? – スラッシュドット・ジャパン

これは、MMORPGの「Tabula Rasa」が、世界の終わりという設定でサービスを終了したことから提起された話題で、逆に言えばゲームにおいてその世界のストーリーが完結するためには、ゲームがコケるしかないんじゃないかというもの。理由は、成功し続けているとゲームビジネスの性質上、その続きとなるもの、いわゆる「続編」を販売するために、続いてしまうからというもの。このため「完全に終わる」ことができないと。

これは、非常に興味深い考えです。

ゲームとしてはズルズルと続いてしまうのは、必ずしも綺麗なものではありません。いや、ゲームのみならず、映画やアニメや漫画でも商業的都合で続編が作られたり引き延ばされた結果、最後のほうがなんだかなあ……になってしまったものはたくさんあります。そして制作側としては、そして熱心なファンも人によってはやはり綺麗に終わらせたいと思っても全く不思議ではないでしょう。

それの例として噂レベルですが「イースII」においてラスト、世界から魔法力がなくなってゆく描写がされているのは、イースシリーズをここで完結させるためだったと聞いています(まあそのほかの事情もあったかもしれませんが)。

あと映画でも「新・猿の惑星」で最後、コバルト爆弾で地球を破壊したのは、制作側が二度と続編は作らないことを表明するために、舞台を破壊したというエピソードがあります。

ただ、上の2例でご存じのように、それでもそこに商業的チャンスが残っている限り、続編は作られてしまいます。イースの場合III以降もはそれとしてのおもしろさはあるでしょうが、アドルが一部で女ったらしと言われるようになったりとか、当初から微妙な変化は存在しています。

さて、続編ものについては以前も書きました。

これは、日本のRPGではナンバリングは続いているけど、ストーリーはそれぞれで分断されている。つまりストーリー的意味では本当の「続編」ではないのではないかと。

しかし、これは上の話をふまえて考えると、その理由が見えてきます。まず、日本のRPGは一応その1作でストーリーが完結します。たとえばFF3ならFF3で、ドラクエ4ならそれでというところで。かすかに世界観が共通のこともありますが(ドラクエの「ロトシリーズ」など)、基本はシステムだけ同じ感じのもので、直接ストーリーにはつながりがないものが多いです(ただ、最近はFF7などで派生が生じていますが)。このように日本の多くのRPGの場合、続編とはいっても一度終わっているので、一応そのタイトルにかかることはあっても、前作のストーリーを壊すまでのことはあまりないような気がします。

つまり、ストーリーを一続きにしないのは、制作者がそれまでのストーリーを一度終わらせておくためにこうしているのではないかと。そうすれば、過去作品は続編とは別物になり、新作を作ってもそこに影響することはありません。逆に、新作が過去作品から受ける干渉をなるべく小さくすることも出来ます。しかしタイトルは同じなので、商業的には「続編」という言い訳が出来ると。

こう考えると、システムが一新されたもはや別ゲームであるものでもナンバリングがついている理由がわかります(一説では企画書を通すために、新しいアイディアのゲームを続編のようにして上に提出する人もいるとか)。そういった意味では、日本のRPGの続編は実は続編ではないのかもと。

ただ、RPGはこうでも、他のゲームでは分離しない続編が作られることが多い気がします。それはストーリーもそうですが、とりわけキャラクターという形で。

人気が出たゲームのキャラはその後も使われることが多いですが、キャラが同じということは、そのストーリーも必然的に背負ってしまします。そしてそういった続編はキャラ性の強いアクションに多いような気がします。しかし、それは同時に「ストーリーを完全には終わらせない」ということでもあります。

たとえば『マリオ』シリーズではずっとピーチはさらわれ続け、恒久的な平和は訪れず、、『ロックマン』ではDr.ワイリーが懲りずに何度も攻めてきて、『ソニック』ではエッグマンが悪巧みをやめず、『ストリートファイター』シリーズ、『バーチャファイター』シリーズ、『鉄拳』シリーズでも、決着がつくことはなく戦い続けています(『鉄拳』は歳をとっているだけかなり進んでいますけど)。おそらく『バイオハザード』も延々とゾンビと戦い続けることなるのかもしれません(ただ、5はまだやっていないjので、これのラストがどうなったかはわかりませんが)。

例外的にこの続編で続いてゆくことを逆手に取ったようなものがあります。それは『ゼルダの伝説』シリーズで。これはどのゲームのリンクも別のリンクだと言うことが説明され、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のストーリー中で、それらの理由を述べ、体系付けてしまいました。これはうまかったなと。ただ、これでも『時のオカリナ』後、永遠に戦闘が続くということになってしまったので、あとが全部それの従属になってしまっている面もあるのですが)。

ということで、MMORPGだけではなく日本でも同じような「続編のジレンマ」は多くのゲームで抱えているのだと思います。

ただ、続編が悪いというのではなく、ファンとしてはずっと続いて欲しいと願う人も多いでしょう。実際、マリオ等のシリーズはいままで廃ることなく進化して生き続けていますし。ただ、キャラを引き継ぐということは、このようなジレンマは現在では避けられていないということです。

さて、この続編もののストーリージレンマを解消する方法は新しく生まれるのでしょうか?

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『ゲームにおける続編もののストーリージレンマ』へのコメント

  1. 名前:ノッチ 投稿日:2009/03/06(金) 23:21:37 ID:589fc6ab0

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    PASS: 28b2ab46903dc5807c7f8a2a6868f2a3
    最近はやってないのでどういうシナリオになっているかはわからないですけどパワポケシリーズのサクセスは同一時間軸で進んでいますよね。
    昔のキャラが出てくるとニヤリとしてました。

  2. 名前:ジョニィ 投稿日:2009/03/07(土) 23:35:05 ID:589fc6ab0

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    KOFとか逆転裁判とか、
    世界観が現実的でシリーズが続くにつれて時間も経過していくものだと、キャラクターの年齢に無理が生じてくることもありますよね。
    留年し続ける草薙京が不憫でなりませんでした…。

  3. 名前:匿名 投稿日:2009/03/09(月) 00:14:24 ID:589fc6ab0

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    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    結局のところ何のつながりもない作品がブランドという入れ物に入った時点である程度の売り上げが保障されるんですよね。
    その入れ物を作り上げてきた過去の栄光によって。
    それが続くかどうかは入れたモノの出来によるんでしょうけど。
    最近は入れ物が新しく作られていかないなー、と感じています。
    古びた入れ物の使い回しが多いというか。
    もっと新しい入れ物に触れたいユーザーは少ないんでしょうかね。

  4. 名前:中杜カズサ 投稿日:2009/03/10(火) 03:02:36 ID:589fc6ab0

    SECRET: 0
    PASS: b5e831f89cd36132eff5ce8109150550
    >ノッチさん
    こんにちは。
    >パワポケシリーズ
    ほう、そっちはそうなっているんですね。知らなかった。
    けっこうあるシリーズなのでおもしろいかも。
    >ジョニィさん
    こんにちは。
    学生だとたしかにツラいですな。
    しかしせめて卒業させてやればいいのにって、’98くらいで思ったような。
    > NO NAME さん
    こんにちは。
    つか、ゲームの規模が大きすぎるようになってしまって、新規の箱を作っていると採算が合わないってのも原因にあると思います。
    Wiiウェアとか低価格、低予算なのに期待するのは、そう言ったところから出にくい、小さくても新しいものが出るところですね。