1990年代末にゲーセンを賑わした『プリント倶楽部』のゲーマー側から見た思い出

以前から、アーケード業界はピンチに陥る度に何か盛り返すものが出てきてそれを救うという伝説があります。たとえば2D格闘ゲームの人気が落ちてきた時に3D格闘ゲームがブームになったり、それの人気が落ちてきた時に音ゲーがブームになったり、さらに音ゲーの人気が落ちてきた時にカード系ゲームなどが流行りだしたりという感じ。

ただ、最近の大型筐体は、町の一角にある小さなゲーセンではとても購入できず、そういったところは時間が止まっているか、はたまた閉店するかしてしまっています。ある意味、アーケードゲーム業界を救っても、すべてのゲーセンを救っていない感じです。

しかし今考えると、ゲームセンターを救ったものは、実は音ゲーやカードゲーム以外にも存在します。その代表的なものが「プリント倶楽部」。

「プリクラ」をご存じない方はほとんどいないでしょう。これはアトラスとセガの共同開発において1995年に発売され、1997年くらいに女子中高生を中心に大ブームが起きます。当時の人気はすさまじいもので、限定フレームがあるところは長時間並ぶ、普通のところでも誰かが絶対使っている状態になっていました。そしてこの影響はもともとの設置場所であるゲームセンターにも広がります。一時期渋谷のセンター街とかで、これ専門の店がいくつも並んだりしていましたね。しかもこれは、町の小さなゲーセンも数台仕入れていることが多かったですが、そこでも地元の女子に人気があり、絶対埋まっているという状況でした。今では落ち着いていますが、中小問わず女性が入れる系のゲーセンに行けば見かけます。

ただ、この現象、当時アーケードゲーマーだった私からしてみれば、あまり好ましくない風潮でした。いや、女性がゲーセンに来るのは別にいいとしても、これのためのスペースを確保するために、いくつものゲーム機が撤去されてしまったのですから。大手のゲーセン(当時はアミューズメントパークと呼ぼうとしていたもの)は、1フロアがまるまるプリクラオンリーに変わってしまったところもありましたね。

さらに、プリクラ入り口付近に置かれることが多かったのですが、人が集まるために、億のビデオゲームにたどり着くために邪魔だったということもありました。まあ、そこは非モテなゲーマーのやっかみかもしれませんが。

ま、男がそうそうやっても何ですし、写真も好きではないので、当時は「なんでこんなのが流行るんだろ?」くらいに思っていました。

ただ、今考えてみると、このプリクラが自分たちのアーケードゲームライフを支えてくれていた、と考えることも出来るのですよね。

当時、3D格闘ゲームはうまいプレイヤーとそれ以外の格差がついてしまい、だんだんプレイヤーがふるい落とされていくという現象があありました。で、いよいよ3D格闘が下降線となってきた時、ピンチが叫ばれていたのですよね。で、前述のようにそれを救ったのが音ゲーだと。

■関連

※この文章は2009年に書かれたものです。今日の文章、最初はパチスロのことだけについて書いていたのですが、途中でこれとアーケードゲームの関連が深いのではないかと思い、いろいろ書き足しました。というわけで、こっちでは珍しいゲーム系のエントリーです。 私はパチンコ、パチスロを全くといっていいほどしません。だいぶ前に、PS2...

ただ、音ゲーは大型でコストが高く、しかも最初はわけがわからないことが多いのですよね(何回かやってうまくなれば楽しさがわかるのですが、初心者には敷居が高い)。あと、音ゲーが軌道に乗るまでは小さなゲーセンは手を出せなかった感じがありますし。さらに格ゲーと違って必ず一定時間(10分くらいかな)かかりますので、インカムに制限がかかります。

しかし、同時期に音ゲーを全くしない新しい層をゲームセンターの客として入れたことで、なんとかやっていけるくらいの収入をゲーセンは手にして、いくつかは潰れるのを防いだ、もしくはその寿命を延ばしたのではないかとも思えるのです。

もちろんこれは全てではありません。あまりに数が増えすぎてしまったせいと、この手のブームの運命として収束が早いのもあるので、あまりに仕入れすぎてしまったところは損失を被っている可能性もあるでしょう。まあそのへんはいつの時代でもある経営者の読みの差かなと。

今でもゲーセンの多くでは入り口近くに置いてあり、ゲーマーには邪魔だと思われる大きさがあるこのプリクラですが、そんなふうにゲーセンを救った存在だと考えれば、少しは愛着もわくのではないでしょうか。

◆追記

書き終わってから思ったのですが、一時期のUFOキャッチヤーもプリクラと似たような役目を果たしていたのかもしれませんね。ただ、当時は格闘ゲーム全盛期であり、ゲーセンが(今ほど)ピンチってほとでもなかったので目立たないだけで。ちなみにときめもブーム、エヴァブームの時は、1日中張り付いていた人もいたようで。

ちなみに町に置いてあるゲーセンのアームのほうが、都市部にあるメーカー系の店より良心的でしたね。つか、今でも都市部のアームはかなりユルユルなところありますが、あれはカップルからボるためにあるのか?? と思ったりします。

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『1990年代末にゲーセンを賑わした『プリント倶楽部』のゲーマー側から見た思い出』へのコメント

  1. 名前:通りすがりのQui-Qui 投稿日:2009/01/27(火) 22:53:12 ID:589fc6ab0

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    最近のプリクラは男子禁制の所が多くて欝ですな。どっちにしても自分は全くやらないけど。
    関係ないけどウチの地元の某ゲーセンでは「怒首領蜂大復活」が新バージョンになって3日後にイキナリ撤去された。レイシリーズ3部作も復活したのに、1週間と持たずに全滅した。OTL

  2. 名前:中杜カズサ 投稿日:2009/01/28(水) 08:34:51 ID:589fc6ab0

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    PASS: b5e831f89cd36132eff5ce8109150550
    >通りすがりのQui-Quiさん
    こんにちは。
    「怒首領蜂大復活」がそれだけで撤去ってコトは、初日インカムがよほど悪かったか、それとも系列店に回されたかってところかも。

  3. 名前:yuu 投稿日:2009/01/30(金) 13:37:08 ID:589fc6ab0

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    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    プリクラは現実の人間関係をうまく組み込んだゲームなんですよ。
    ポケモンみたいに友達とのプリクラをコレクションしていくのが楽しいんじゃないかなと。

  4. 名前:中杜カズサ 投稿日:2009/01/31(土) 07:50:23 ID:589fc6ab0

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    PASS: b5e831f89cd36132eff5ce8109150550
    >yuuさん
    こんにちは。
    >プリクラは現実の人間関係をうまく組み込んだゲーム
    なるほど、そういう考え方もできますね。
    たしかに当時、手帳が大ブームでしたし、コレクション的な要素はあったのかなと。