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ドット絵の衰退と復興、そしてこれから

前回(ゲームにおいてポリゴンが主流となるまで)の続きになります。

ゲームにおいてポリゴンが主流となるまで
先日、とある店の中古処分セールにて、サターン&PS時代のソフトが200円~400円で売っていたので、とりあえず7枚程度買ってきました。 そして久しぶりにサターンを起動して『パンツァードラグーン ツヴァイ』(380円)をプレイしましたが、画...

ちなみに、今回よく出てくる「ドット」という単語は、画面で表示されている単位的な「ドット」ではなく、どっちかというと「ドットで描かれた絵」的なニュアンスで受け取っていただければ幸いです。

 

ドット絵はそれこそゲーム黎明期から存在し、ハードによる進化を重ねながら、それこそスーファミ時代まではゲームにおける画面表現の主流でした。というよりは、当時はハードのスペック的に、これ以上のことをするのは多くの場合不可能だったからとも言えるでしょう。(中にはシルフィードのような例外もありますけどね)

しかし、そのドットの制約の中で、ソフト開発者は様々な工夫をしてきました。例えばこの時代のスクウェア作品なんかは、かなり見せ方も工夫されていましたね。特に雰囲気に合わせた色の使い方では、すごい領域に達していたと思います。
あとああいう精密系ではなくとも、マリオ3みたいに世界観に合わせて明るく演出したりとか(しかもファミコンで)いろいろありましたね。
他にも『スペースハリヤー』なんかの3Dが神業になってたり、『ナイトストライカー』の夜演出がすごかったり等々、語ればきりがありませんね。

 

ついでにここでドットの動画をひとつ。このブログでは何度も出てくるスーパーファミコンのソフト『天地創造』より。

ゲーム中のスクロールも美しいですが、地上復興シーンは特に見ものです。(ただドット絵ってよりも、ドットで出来るムービーって感じで、現在ではムービーでもっと綺麗なのを出来るかもしれませんが、それでもこの手のかかっているドット技が好きです)

 

しかし、この後の次世代機、すなわりプレステやサターンでは、前のエントリーで書いたようにポリゴンが主流となり、ドットはだんだんと影を潜めてゆきます。
この当時、たしかに「ドットは古い技術」という風潮があったように思えます。

しかし、私は当時から何故かポリゴンよりドット絵が好きだったので、ドット絵はポリゴンになる前の過去の技術みたいな考え方に懐疑的でした。それはポリゴンの映像がどんどん綺麗になり、PS2時代に移っても同じ考えでした。

当時思っていたのは「ポリゴンは『写真』、ドットは『絵』」という考え方でした。つまり、写実的なもの、例えばFFのCGムービーみたいなのを作るのにはポリゴンの方がドットよりも向いています。しかしドットは写真のようなことは出来なくても、綺麗な絵を描くことは出来ます。そしてポリゴンでは出せない雰囲気を醸し出すことも出来るんじゃないかと思っていたのです。

一流の写真家の撮った写真と、一流の画家の描いた絵で、どちらが芸術として優秀か、と比較するのは不可能で、それぞれが分野は違えど素晴らしいものだと思います。よって、ドットはポリゴンの下に来るものではなく、それぞれ別々の素晴らしい技術だと思いました。(まあ今となってはポリゴンでも表現方法が色々出てきて必ずしも写実的になる必要はなくなったので、ちょっとニュアンスが変わるかもしれませんが、基本的に「どっちも同じく素晴らしい技術」という考えは変わりません)

 

ただ、ドットが使われなくなっていったのは、前に書いた理由、すなわちドット絵自体が昔の技術のように見られてしまう傾向があったという他にもう一つ、開発側の実務的な都合もあったように思えます。

実は、ドットを使った技術というのは意外と手間のかかるものなので、RPGの1キャラで例を取れば、ドット絵というのはイラストですから、あるシーンで前を向いている状態から左、後ろ、右と1回転させる必要があるとき、少なくとも絵が4枚は必要になるのです。さらに回転に不自然さを持たせないようにアニメーションをさせるためには、中間の絵までもが必要になるので、滑らかにしようと思えば思うほど絵が必要になります。

しかしながらポリゴンの場合はキャラを3Dとして作ってしまうので、出来た後に回転させたい場合もすでに全方位の形が出来ているので、命令一つでどこでも、それこそ頭の上でも下からの絵も出すことが出来ます。

故に、開発工程を縮めることも出来る上、イレギュラな視点にも対応できるポリゴンというものが重宝されたのでしょう。

ただ、ゲームアーツの『グランディア』などは、背景はポリゴンで作られているのですが、キャラクターはあえてドット絵を何パターンも使うことでキャラクターの温かみを出した、とどこかで読んだ気がします。(まあ残念ながらシリーズの2以降は、キャラもポリゴンになってしまいましたが)

 

さて、一時期は衰退の一途を辿っていたドットでしたが、ある時期に転換点を迎えます。それは据え置き機ではなく携帯機で。

1996年、ポケットモンスターが発売されると大ブームとなり、一時期は死にかけていたゲームボーイ市場が復活します。そして、ポケモン、その他ゲームののヒットに引っ張られるという形で、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンスと、携帯市場がだんだん大きくなってきました。

しかし、そのころの携帯機はまだポリゴンをスムーズに描写するにはパワー不足だったので、ドット絵でのゲーム制作に再び脚光が当たりました。

しかし、ドット絵を描く人たちはその需要に対してかなり少なくなっており(数年間、ドットを描くために新しく技術を学んだ人があまりいなかったのもあるのですが)、ドット絵を描ける人の相場がかなり高くなったという話もあります。

ちなみに、ちょっと絵の詳しい方に聴いたことがあるのですが、ドット絵はただ絵が描けるだけではいい絵を作るのは難しく、やはりそれ専門のセンスが必要ということです。(特に陰影の色と配置が難しいのだとか)

 

最近の携帯機ではPSPにせよDSにせよ、一応のポリゴンは出せるまでスペックが上がりました、それではまた、ドット絵は衰退してゆくのでしょうか?

しかし私はたしかに昔のようなドットだけという使われ方はなくなってくるとは思いますが、全体がなくなるとは思いません。

今はポリゴン絶対主義みたいなものはあまりないように思われますし、おそらく効果的な部分ではドットを使い、ポリゴンが必要な部分ではポリゴンと、棲み分けがきちんと出来るようになるのではないでしょうか。(なんかゲームムービーの時と同じこと書いているような気がしますね)

ま、個人的にはスーファミ時代のようなドットだけで描かれた職人技も多く見てみたい気もします。

 

ちょっと追記。

何故個人的にドット回顧の傾向があるのか、ちょうど思い当たる文章がありました。

前途酔う酔う – まだ限界だなんて認めちゃいないさ

たしかに。私は乗り物とかでもほとんど酔わない人だったのですが(子供の頃の青函連絡船で少し気持ち悪くなったくらい)、最近のゲームによっては、画面を凝視していられなくなることがありますね。風邪ひいている時とかは特に。まあ、切替スイッチがあるとぐるぐる回すのが好きなのですが。

これにより、スーファミ時代は何時間でも出来たRPGが、最近では一定時間しかできないってのも、ポリゴンよりドットのほうが愛着がある理由の一つかも。(まあ2D3D問わず、昔のドットゲームは動きがあまり速くなかったというのもあるのですが)

もしかしたらこの3D酔い問題、ポリゴンゲームが解決しなくてはいけない潜在的な問題になるかもしれません。それこそロードよりも見えない分、非常に解決が難しそうです。

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