これから大きくなるであろうネットゲームやソーシャルゲームの保全問題

先日、かつて発売されたけど、再発売、配信しにくいゲームについて書きました。

レトロゲームの再発売や配信に存在する壁
一昔前までは昔発売されたゲームを遊ぶのは難しく、多くの場合はそのゲームの再版を待つか、あるいは中古を探すかしかありませんでした。一時期中古ソフト問題というのがありましたが、あれも安く手に出来なくなるというよりは、そのような過去のゲームで遊ぶのが更に難しくなるという点で反対した人が多かったのではないかと思われます。 ...

ここでは権利関係や商業的理由で昔のソフトでも再発売、配信しにくいものがあると書きました。しかし、これらはそれががなしえない場合でも中古を入手することでプレイすることが不可能ではありません。ものによってはプレミアがついていますが、それでも大半のものはある程度金をかけたりすればプレイは出来ます。

しかし現在、どんなに頑張っても再び遊ぶことが出来ないというゲームが出て来ました。これらはどんなにプレミア価格を払っても無理というもの。しかもこれらは現在のゲームのかなりを占めるものになっています。それはネットゲーム、ソーシャルゲームといった、サーバや通信を必要とするゲーム。

smartphone_app

サービス終了するとプレイが難しくなるネトゲ・ソシャゲ

通信を利用したゲームが広がりだしたのは今からだいたい15年前くらいでしょうか。当時は新しいゲームの形であったのものも、今では当たり前の存在になってしまいました。さらにブラウザゲーム、ソーシャルゲームのようなサーバ側でゲームを持つようなものも非常に数が多くなりました。

当然それらのサービスは発売後も運営する必要が生じますが、それにもコストがかかるわけで利益が見込めない場合終了してしまうケースが大半です。たとえそれなりに人気があっても年月を経過したことで次のバージョンに移るために終了するケースもあるでしょう。

しかし、これらのものはそのサービスが終了してしまうと、遊ぶことは当然不可能になります。パッケージをインストールしてそれをネットに繋げるタイプのものなら、スタンダロンでプレイ可能な部分であればプレイ出来るかもしれませんが、ソーシャルゲーム等ほとんどのゲームデータをサーバーに置いているものの場合、プレイの一切が不可能になります。そうなると、もし将来そのゲームをプレイしたいと思っても、「現時点では」非常に難しいことになります。

ファミコンの誕生からすでに30年以上、それ以前を加えればゲームはすでに半世紀に近い歴史を持つようになりました。そして今ではかつてのゲームも過去の歴史的資産として見直されるようになっていますし、そのための保全も行われています。一般には販売されていなかったアーケードゲームでも、その基板や筐体を入手することは出来るようになっています。

しかしながら、サーバーとその通信を利用することで成り立つネットゲーム、ソーシャルゲームは、前述の理由からそのようにあとでやりたいと思っても著しく困難です。それこそサーバを復帰させるしかありませんが、それのコストは既に売られているソフトなり基板なりを購入するよりも手間も費用もはるかにかかります。ゲームが大規模ならば尚更。そしてもし何らか形を変えて復帰出来たとしても、パッケージソフトのセーブデータのように個人のプレイデータは引き継がれる可能性は低いでしょう。

後世にそれらゲームの歴史を見返すことが難しくなる

この問題は今後大きくなってくると思います。現在、ソーシャルゲームがゲーム市場においてかなりの割合になってきていますが、将来それらを見返したときに全くプレイ出来る状況にないとなると、そこに空白が生じてしまうからです。

しかもゲーム業界の企業は興亡が激しく、少し経つと経営難等の理由で消滅しているのは今までの歴史でも明らかですが、ソーシャルゲームやアプリのメーカーは特に小さいところが多いため、終了してしまうと会社自体が消滅することも珍しくなく、そうすると今までの倒産したゲームメーカーの版権がそうだったように、どこが権利を持っているのかさえわからなくなり、その復活どころか確認さえ難しくなる可能性も高いでしょう。実際iアプリ時代のメーカーなんてかなり消滅していますが、アレの権利もどうなっているのやら。

今までのゲームの歴史では、発売当時に盛り上がることがなくても、その後ゲーム及びスタッフの注目を浴びることで見直されたり再評価されることがあります。しかしこのように確認する術がないと、それが出来ずに完全に埋もれてしまうわけです。たしかに人の記憶で10年やそこらは語り継がれるかもしれませんが、やはり現物がなければそれは消えてしまうでしょう。

たぶんこれから大きくなる問題

今はまだこういった通信必須のゲームの歴史があまりないせいかこの危惧はそこまで大きな声になっていませんが、今後これらのゲームの歴史が積み重なり、数が多くなると問題として挙がってくる気がします。ゲーム史を研究する意味でもそうですが、何よりもユーザーが今のレトロゲーム同様懐かしいと思って遊びたくなっても、それがないと気づいた時に。

ですがそれを解決するのは非常に困難です。それは前述のようにこれらを保全する方法が難しく、出来たとしてもあまりにもコストがかかるのがひとつ。そもそもメーカーほか権利元がそんな儲けにもならないことやりたがらないでしょう。

そして仮に権利的に保全出来ても、ユーザーにそれを遊ぶ環境が保証されないこと。たとえば今ガラケーアプリを出されても遊べる人のほうが少ないでしょうし、スマホ向けソシャゲーも、スマホ自体が10年後もまだ主流かもわからないですし(まあエミュレーションとか力業がないではないですが、さらに手間も費用もかかる)。そもそもそれらの中で、多人数が関与しコミュニケーションで成り立つ要素が強いゲームは、それ自体を含めての文化なわけでそれごと引き継ぐことは不可能です。

将来、今のゲームの状況を伝えることは出来るか

今のままだと10年後にその時の子供に今のゲーム状況を伝えるのは、今、レトロゲームを未体験の若い人に伝えるより何倍も難しくなると思っています。ただそれだからどうすればいいのか、というのは、前述の通り保全が非常に困難なこともあり難しいのですよね。だからせめて埋もれないように現物は残せないでも何らかの情報は残してゆけないかと思ったりします。たとえおもしろくないゲームであっても、そのおもしろくないということがゲーム史においてはひとつの価値でもありますし。

今、動画サイトでは実況プレイがあらゆるジャンルでありますが、案外こういった情報的な保全面からすると、それが別の役目をもたらす時も将来来るのかもしれません。