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コレクションという宝が紙切れになる瞬間とその原因

私は小さい頃、「ビックリマン」やキンケシ(キン肉マン消しゴム)を集めていました。おそらく同じことをした同年代の方もいらっしゃることでしょう。

しかし、それらは今、両方とも見あたる範囲にはありません。おそらく捨てたかあげたと思います。

一時期は、売っている場所を必死になって探し、口の中が乾燥する程ウェハースで包まれたチョコを必死になって食ったビックリマンが、そしてバンダイ以外の偽物を掴まされたこともありながら、100円のガチャガチャをし続けたキン消しは、ある時期を境に「別にいらないもの」になってしまったのです。まあ今もちょっと欲しいですが、それは懐かしさであって、それらの製品に対する昔の欲とは違います。

それで思い出したのですが、前にどっかで、「子供達は、自分が今まで必死になって集めていたトレーディングカードが、ただの紙切れになってしまう瞬間がある」という趣旨の話を読んだことがあり、それによるとトレーディングカードを出しているメーカーはそれの人的連鎖を恐れているらしいです。

 

コレクションへの興味が急激に薄れる時

これは、今まで熱中してコレクションしていたものが、ある一点で急に興味がなくなり、何よりも尊い宝だったものなのに、自分の中で紙切れと同じ価値しかなくなってしまうということです。それが進んでしまうと、カードが客にとってはもちろん、店員やメーカーにとっても紙(余剰在庫)となってしまいます。

思い返してみれば、私の子供の頃、確かにビックリマンがただ貼り付けるものになった瞬間はありました。

 

というか、近年でもありました。それは10年前くらいにエヴァンゲリオンのブームがあり、トレカを集めていた時のこと。

その時はトレカブーム&エヴァブーム真っ最中で、初版は即売り切れになるほどの人気で、BOX買いとかもしていました。しかし、ワイドカードなるものを集め終わったとき、急に意欲がなくなり、その後シリーズが出たのに集めるのをやめてしまいました。

それの理由を子供の頃のビックリマン等を含めて考えると、間違いなく主な理由は「飽きたから」に他ならないでしょう。しかしこの言葉の意味は広すぎますので、

 

飽きる理由

何故、飽きたのか、その原因を自分の場合以外も想定してありえそうなものを考えてみました。

コミュニティの消滅

ま、集める仲間がいなくなった、もしくは少なくなったということですね。交換できる人、自慢できる人がいなくなると、意欲が落ちて飽きるということです。
でも、それでも集められ続ければ、それはそのもの自体が好きということでOKかと。

 

終わりが見えたとき、もしくは終わりが見えなくなった

「終わりが見えた」というのは、集めるものをコンプリートしてしまい、それ以上集めるものがなくなったということです。まあゲームクリアですね。ですので、このクリアをさせないために、メーカーは新製品を出してくると。

しかし新製品を出し過ぎると、今度はいくら集めても、自分の持っている量は微々たるものでとても全部揃えられないと思ってしまい、今度は「あきらめ」の心境が支配して、コレクションからリタイアしてしまいます。もちろん製品の魅力があきらめを上回っていれば問題ないのですが、あきらめが支配したとき、購入意欲は一気に減ります。

というわけで、この2つのバランスを取るために、メーカーは必死なのではないでしょうか。

 

他に趣味が移った

これもありそうです。特に飽きっぽい人は。まあ他に趣味があっても、両立できる場合も多いので、単に集めるものが増えるだけの可能性もありますが。

 

自分の中での完結

コレクションというもの自体、趣味のない他人にとってみれば意味のない行為と思われがちです。

その心境に、集めている自分がなってしまった時、それは終わりを告げます。

でもこの場合、早めに処分すると後で意欲が復活してきて後悔することが多そうですが。あと「飽きた」というより「仕方なく」が強いですが、以下のようなのもあります。

 

財布の限界、生活の変化(結婚など)

まあ見ての通り、現実生活にはかなわない場合が多いです。押し通せれれば立派ですが、それで生活を崩すと元も子もないですし。まあ趣味≦生活になったということでしょう。

あと、金があって結婚しなくても置き場所がなくなるというものもありますね。

 

あらゆるものにあり得る「飽きる」瞬間

ちなみに上のような現象は、何もトレカだけではありません。たとえば一定のアニメ、ゲームのグッズ(ブームになったのだとときメモとかそうですね)、マンガ、同人誌、アニメソフト(LDとか)、テレカといったものから、服、ジーンズ、ZIPPO、シルバーアクセ、まで同じようなことが言えると思います。

ただ、本とかCD、DVDといったものは、もともとコレクションではなく読んで、見て、聴いて楽しむことが主であるため、コレクション自体はなくなったとしても、いきなりそれがただの紙や鉱物の固まりに見えてしまうことは、収集を目的としたトレカよりはないと思います。私も一時期サターンのソフト集めていましたが、その意欲がなくなってもゲーム自体はするので取ってありますし。(たまに遊びますが)

 

そこで残るものは

そんなわけで、今コレクションしているゲームサントラは、集める以外にも『聴く』活用法がある、というかそっちのほうが本命ですので、おそらく上のように突然樹脂の円盤とプラケースの組み合わせに思えてしまう可能性は少ないでしょう。

トレーディングカードは名前である「交換」が示すとおり、交換して集めるのが主目的なので、飽きたらただの紙になりやすいのでしょう。

ちなみに最近だと、このトレカに近いものは「ネットゲーム」かもしれません。すなわちある日を境に一生懸命貯めてきたお金とアイテムがただの数字に見えてしまうということが起こるのではないでしょうか。(私はネットゲーをしない人なので、ただの推測ですが)

でも、たとえ宝が紙きれに、ただの数字になったとしても、それまで楽しんだ時間は本物だったのだし、それでいいんじゃないか……と、綺麗に落として今日はここまで。

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