スポンサーリンク

同じシリーズもののファンでも、共通の体験をしているとは限らない話

 このようなエントリーが。
 ■「“ドラえもんに出てくるセワシ君”って誰ですか?」の意味やまなしなひびさん)
 そういえば、「長く続いている作品は、印象に残っているシーンがバラバラになりがち」という現象はよくありますよね。ドラえもんだけに限りません。例えばこち亀ではそろそろ日暮さんが出てくる時期ですが、新規のジャンプ読者では知らない、もしくはなじみが薄い人もいるでしょうね。いや、そろそろジャンプ最大のヒット作『ドラゴンボール』を知らないジャンプ読者が出てきてもおかしくないかもしれません。そういえば大学時代、友人がサークルの歓迎会で新人に「額に肉の字」というネタをやっても全く通用しなかったのにジェネレーションギャップを感じたなんて話を聞きました。
 でもこれ、ゲームにも言えることなのですよね。それはたとえ同じシリーズのファンでも、共通の体験をしているとは限らないと。
 例えばマリオですが今の小学生には最近の『スーパーマリオギャラクシー』や『Newスーパーマリオ』をやったとしても、初代の『スーパーマリオブラザース』や『マリオブラザース』を知らない子なんてのもいるのではないでしょうか。いや、小学生ではなくても、18歳で社会人になった人との会話でも、通じないかも。だって、初代スーパーマリオの発売は1985年、つまり23歳未満の人は生まれていなかったわけですから。
 子供に大ブームのポケモンでも同じです。今、DSで一生懸命プレイしている子供でも、初代の赤、緑をプレイしていない可能性は高い、というかそのほうが一般的なわけですよね。
 あと、ドラクエ、FFなんかでもそうでしょう。このシリーズのファンであったとしても、パスワード入力の思い出を持っている人は20代中ば以降じゃないとありえないはずです。FFでもファミコン、スーファミ時代どころか、そろそろFF7(1997年)を知らない、よく覚えていない中学生なら出てきてもおかしくないですね。
 それに、そんな歴史が長くないものでもこういう違いは出来てしまうようです。例えば東方Projectという同人STGがありますが、最近は素材がニコニコ動画でよく使われるために、シューティングを持っていない人、はてはもとがシューティングであることを知らない人もいるとか。
 このように、同じシリーズのファンでも、全く同じ経験をしているとは限らないのですよね。となると、ゲーム感全体も、世代によって私みたいなファミコン時代からの経験をしている人と、スーファミ時代からの人だとゲーム感が微妙に異なるわけで。それはファミコンを見るものが経験によるものと、知識によるものという違いで。ですので「スペランカー=貧弱」というものを書いたとしても、イメージは人によって微妙に異なるでしょう(余談ですが、私とかだと同時に「アイレムのダイオード」「岩による永久ジャンプし続けるハマリがある」なんてのが、関連する要素としてついてきます)。
 おそらく、『スペースインベーダー』でも、リアルタイムで熱狂を経験している人と、そんなことを知らなかった私とでは、微妙にそれに対しての感覚も異なるのでしょうね。
 となると、ここのブログはもちろん自分の経験を基準としているわけですが、読まれる方は全く別の見方をされている可能性もあるのですよね。
 とはいえ、読まれる方がどういう風に読まれるのもすべて自由ですし、それの受け止められ方の視点が多い方が、多様性が出ておもしろいと思いますので、それでいいと思います。

タイトルとURLをコピーしました