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竜王やモンスター側の視点からドラゴンクエストの世界を考えてみる

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
 さて、新年からネタっぽい話ですが、寝ている時に急に思いついたので勢いで書いてしまおうと。
 超有名RPG『ドラゴンクエスト』は、勇者が悪の親玉である竜王を倒すという物語です。このパターンは王道として、このあとのRPG作品の多くにパターンとして引き継がれています。
 しかしここで思うのです。この竜王は、そしてモンスターは何を持って悪とされたのか。おそらくは人間に対して危害を加えているからでしょう。プロローグもそんな感じですし。しかしそれはあくまで人間の立場で語られたものなのですよね。
 ■参考:ドラゴンクエスト – Wikipedia
 では、ここであえて竜王やモンスター側の立場からいろいろ考えてみようと思います。まあ基本ネタなので、ややモンスター側に偏ってますがそれはそれで。普段人間側に偏って考えられているからこれくらいはいいでしょう。
◆モンスターたちの生存場所を得るための侵略という可能性
 さて、人間から見れば魔物の侵略のように思えますし、それは正しいでしょう。ただ、魔物の立場から考えてみると、侵略といってもこれは自分たちの生存場所を得るための戦いだったという可能性が高いです。
 ドラクエの場合、モンスターが人間のように生活権を別に持っていて安定していたような形跡はありません。少なくとも人間が立ち寄りそうもない悪条件のところに住んでいたというくらいでしょう(IIのロンダルキアなど)。となると、己の生存権を求めるために、人間が既に住んでいた土地を得ようとしても不思議ではありません。そうしないと滅びる運命に有る可能性も高かったとしたら尚更。
 こう考えると、少なくともモンスターの側からは自分たちの行為は「生きるため」の行為であり、完全に利己的とばかりは言えない可能性が出てきます。
◆モンスターが人間を襲う反面、人間もモンスターを襲っている
 さて、モンスターは人を襲います。ドムドーラも壊滅させました。しかし考えてみると、勇者も自分の目的のためにモンスターの生活区域であるとも言えるどうくつに入り込んで、殺戮を行っているのです。
 地上でも同じです。時には自分の訓練(経験値稼ぎ)のために、殺戮を行っているのですし。
 さて、お互いの殺された総数はわかりませんが、片方に利己があるというのなら、もう片方にも同じことが言えるのではないかと。
◆勇者はモンスターから見れば、魔王以上の「悪」
 さて、ドラクエの竜王は、人間の言葉が通じる相手にもかかわらず最初から倒すことしか考えていません。結果、竜王を倒すのですが、その時にモンスターはまた生存場所を失います。これは人間側から置き換えてみれば、国の人間皆殺しと同じです。
◆竜王は見たかに対しては非常によいトップ?
 悪の大ボスの竜王ですが、本当の悪ならばモンスターを使って消耗戦をやって人類を一気に追い込んだはずです。しかし基本防御策で堅実な攻めをしている上、モンスターの犠牲も抑えているように思えます。つまりこれはちゃんと自分の部下に対しては気を遣っているとも言えます。そう考えると、勇者が城に行く前に数々の兵士を送り込んで犠牲にした王の方がどうかと。
 しかしこう考えると、モンスターを統制していたこと、拠点の一つであるドムドーラを壊滅させたことなどを考えて、竜王って味方に対してはかなりいい親分だったのではないかと。実際IIの竜王の子孫は、パワーは落ちてはいるものの、弱いなりにそんな感じを漂わせています。
 ついでにこの竜王、かなりの知将かもしれません。実は竜王は消耗戦になる人類滅亡を目指していたのではなく、人間側(すなわち王)と交渉を考えていた可能性もあります。それはローラ姫を幽閉して手をつけていないこと(倫理規定とかそのへんにツッコまないこと)。つまり人質の交換条件をつきつけるとしたら王座の譲渡あたりでしょうが、少なくとも人類絶滅よりはまだましでしょう。
 有名な最後の「世界の半分を与えよう」にも同じことが言えますね。
 ■関連:Lingua furanca. ドラクエ1に教わったこと / まなめ
 以上のことをふまえて、あくまで竜王やモンスター側が「悪」というのは人間側からの立場であり、向こうにはそれなりの理由、つまり自分たちの生存を賭けた戦いだった可能性もあるわけです。そしてそちらでは人間と似たような社会があり、そっちから見た場合、人間側は結果として自分たちを滅ぼしたものとなるわけです。
 この、敵から見た視点というもの、初代ドラクエでは、あまりその立場は描かれませんが、その後AIがアレだったものの、ストーリーとキャラクターではドラクエ屈指の人気があるドラゴンクエストIVでは、その倒すべき悪がそうならざるを得なかった側面というのを表現しています。
 実はこの王道的なパターンの裏から見たRPGというのは、ドラクエと同時期から存在していたのですよね。その名前は『イースII』。
 私は『天地創造』はじめクインテット信者だというのはしょっちゅう書いていますが、このブランドの作品には2項対立、すなわち表と裏、善と悪というような図式が表現されています。そしてここのスタッフがそれ以前に制作した『イース』でもそれが表現されていて、『イースII』においてテレパシーの魔法というものがあり、これで魔物に変身して普段倒している魔物に話しかけると、「赤毛の悪魔」、つまりj8自分が仲間の殺戮を行っているという話題を聴くことが出来ます。つまり魔物側にも人間と同じ社会があり、自分はそこにおいては自分たちから見たモンスター同然だということ。さらに、ラスボスも倒されれば自分たちの世界が消滅するので、ある意味自己防衛の戦いでもあるのです。
 最近だとこの敵の立場からの視点もけっこう書かれますが、それはこのように昔からあったということで。
 ある意味、ドラゴンクエストIもこの視点で表現を直せば、また別の印象を受けるのかもと思います。

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