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ゲーム開発においては、名前が出ている人が必ずしも功労者や元凶であるとは限らないと思う話

前回『昔、ゲーム制作者がほとんど表に出ることの無かった理由』において、「ただ、ゲームという共同作業の場故に、それにまつわる問題も若干あったりしますが~」と書きましたが、今日はその問題について書いていこうと思います。

昔、ゲーム制作者がほとんど表に出ることの無かった理由
現在、ゲーム雑誌を見れば、ほぼ必ずと言っていいほど開発者のインタビューが載っています。メーサーサイトやゲームニュースサイトにも、そういった開発者のコメントが載っていることは普通で、毎日のようにブログで更新されることもよくあります。そして、エ...

 


前に書きましたように、昔と違い近年ではクリエイターが前面に出てくるようになりました。これはいろいろな面でいいことだとは思います。しかし、同時にデメリットも生み出している可能性があると考えます。それは「功罪を表に出た人が全部引き受けてしまうということ」。

こう書くと、作った本人がその製品に対して責任を取るのだからいいじゃないか、と思われるかもしれません。しかしながら、その表面に出ている人が、必ずしもその製品に対しての出来に携わっていたわけではないこともあるわけですよね。それは良いにせよ悪いにせよ。

私は、1人で制作するのでもない限り、「ゲームは共同作業」だと思います。すなわち、多くの人がそれぞれのスキルを持ち寄って一つの作品になるのです。そのゲームが本当に面白いのは、プログラマーが頑張ったからもしれませんし、サウンドの人が一生懸命演出にあわせたからかもしれません。 さらに表面からは見えにくいところで頑張っていたひともいるかもしれません。例えば、テスターの人が頑張って微細なバランス調整をやったことでおもしろみが出たのかもしれませんし、営業の人が盛り上げたので、そのゲームを面白く、みんなで盛り上げられるようになったのかもしれません。

 

しかし、こういうので目立つのは、たいてい監督的立場の人間か、目立つ仕事、つまりシナリオやグラフィックデザイナーなどのことが多いでしょう。それも、会社の方針によって変わります。すなわち、そのゲームがおもしろくさせた人の一部しか、表には出てきてない可能性は多々あるのですよね。そして全く逆に言えば、そのゲームがつまらなかったとして、表に出てきた人のせいではない場合もあると。

まあたしかに、話が悪ければシナリオのせいだったり、システムが悪ければ企画orプログラマのせいなりと、判断しやすいように見える部分もあります。しかし、ほかの影響により、そうなってしまう可能性もあるのです。

 

聞いた話なので、信憑性は完全というわけではないのですが、こんな話があります。とあるグラフィックもダメダメ、ゲーム性もダメダメ、そして音楽もダメダメというクソゲーがありました。しかしそれは、開発陣が悪いのではなかったのです。実はそうなった原因は、とある電波がかったプロデューサーが、「わざと雰囲気を出すためにチープなモノにしろ」と命令してきたために、部下である開発陣はそうしてしまったと。ちなみにそうした理由は、ある一部分を外部に委託する予定だったのですが、その分の金を使い込みしてしまったために、高価な発注を出来なくなった。それをごまかすために、わざと全体のレベル「雰囲気的仕様」としてごまかしたとのこと(もっとも、そのソフトに実名のスタッフロールが存在したのかは謎ですが)。

あと、ストーリーに整合も考えずにに介入したりとかもあるみたいで。

 

このように、名前は出ないけど権限を持っている人のせいで、結果として作品がダメになることはよくあるみたいです。あと、直接的な介入はなくても、開発時間を思いっきり短く設定され、その結果間に合わせが優先で雑になるケースもあると。

あと、上司のせいではなくてもこんなパターンも。外部に発注したゲームがいくらリテイクを出してもダメダメ、締め切り間際になってどうしようもなくなってきた際、エンディングスタッフロールを見ると、前のバージョンまで書かれていたその担当開発者の名前が削除されていたと(かろうじて会社だけは書かれていたようですが)。

 

つまり、ゲームが共同作業である以上、名前が出ている人がそのまま原因かというと、絶対そうとは限らないのですよね。最近、露出するのはプロデューサー、もしくはディレクターと監督的立場の人間が多いですが、これはそういう管理面においても監督的立場として責を負う故に出てくるのが無難とされているからかもしれません。

そして、監督的立場ではないにせよ、作り手としても内部的な状況はどうあれある程度「そういう判断をされるもの」という業を背負っているのかもしれません。しかし同時にプレイヤーとしては、見えるところだけの判断での個人攻撃は危険とも思うのですよね。だって、それを公開して証明する手段はほとんど無いのですから。

こう考えると、ゲーム開発において名前を出さないというのには、ある意味こういった偽の英雄、及び偽の犯人を作らないという意味もあるのですよね。もっとも、完全に隠すと逆にやる気をなくす場合もありますし、このバランスは難しいところだと思います。

別にこういうことはいちいち気にすることではないかもしれませんが、もし、その作り手を注目するときは、「ゲームは共同作業」ということを念頭に入れておいて、その陰に誰かがいることもちょっとだけ認識すると、いろいろな意味でよいかもしれません。

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