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今のゲーム最大のライバルは「時間(余暇)の価値上昇」ではないか

『空気を読まない中杜カズサ』のほうで、「テレビはワンルームマンションから最初になくなってゆくのではないかと思った話」というエントリーを書いたのですが、その中で、以下のようなことを書きました。

テレビはワンルームマンションから最初になくなってゆくのではないかと思った話 | 空気を読まない中杜カズサ

 私が外勤めの社会人の時には非常に忙しく、家は平日は風呂と睡眠を取る場所と化していました。つまりは、家に帰ってからの数時間というのは本当に貴重なのですよね。で、その時に趣味、すなわち読書やゲーム、ネットに音楽etc……とさまざまなことを選択するわけなのですが、そこでテレビを見ている時間というのがもはやないのですよね。

これはつまり、現代の人は忙しく、その少ない空き時間を使って自分の趣味をするのでテレビを見ている暇がない、ということを書いたのですが、全く同じことが、ゲームにも言えるのではないでしょうか。つまり、忙しい時間の中、せっかく出来た自由時間において、ほかの娯楽との競争に負けて、ゲームをする時間が減ってきているという感じ。

 

そういえば私も昔は一つのゲームをクリアするためにかなり長時間を費やし、場合によっては睡眠時間まで削ったことも多々あります。しかしながら最近は、そんなことはあまりありません。ゼルダやマリオギャラクシー、スマブラXはそれなりにやりましたが、それでも仕事を遅らせたり(まあこれは普通の人はしないでしょうけど、あ、いやハンター×……いや……)、睡眠時間を大幅に削ることはなかったですね。そしてRPGはゼルダDS以来、まともにクリアしてないなあ……。で、その代わりに何をしていたかというと、ここでブログ書いてたり、マンガ読んでたり、音楽聞いたり。

つまり、多く発売されたゲームのうち、私の自由時間をとったのはそれらのゲームだけで、あとはほかの娯楽で埋まり(主にパソコン関連だけど)、ゲームをしている時間がなかったと。

 

こうなった原因は、自分が歳をとって忙しくなったからだと思っていました。しかしどうも世の中、年代に関係なくそういう傾向があるような気がします。これはおそらく、世の多くの人にとって時間がなくなったのもあるかもしれませんが、同時に自由時間を埋める娯楽が増えすぎたというのがあるのではないかと。つまり10年前になかったPCや携帯が大幅に自由時間を占めるようになり、その分ゲームをする、テレビを見る時間がなくなったと。

しかも、ゲームならではの、特に、据置機ならではのハンデがあります。それは、1回のプレイで拘束される時間が長くなること。特にRPGの場合は顕著ですね。プレイしてから戦闘を重ね、イベントをして、セーブポイントにたどり着くまで1時間とかかかることはざら。そして途中で飽きてもやめられないので、飽きてもつきあわされる。結果、それを時間のロスと感じてしまう人もいるでしょう。

大昔なら、やめようと思ってからセーブポイントにたどり着くまで1時間以上かかっていたペルソナとかもやれたのですけど、今は無理かなあ(でもこのゲーム自体は面白いので、ヒマができたらまたやってもいいと思うけど)。

携帯ゲームが据置機に比べて販売台数が伸びてきているのは、それが「どこでも(電車とかちょっとした空き時間でも)できる」「寝ながらとか軽い気持ちで出来る」という、携帯ゲームならではの利点が、現代の時間を出来るだけ惜しむ人間の生活環境とあっているからというのもあるのではないかと(携帯ゲームは電池などの問題で、いつでも中断できるようにゲームが作られていることも多いですしね)。

 

このように現代では、すでに娯楽にはインフレが起こり、量が自由時間>娯楽だった昔と比べて、自由時間<娯楽となってしまったのかと。ということは、娯楽ひとつあたりの価値は、昔よりはるかに少なくなったと言えます。

さて、インフレということはその価値が下がるわけですから、同時に金銭的価値も同じことになります。故に、無料のものが台頭している現在、有料のコンテンツであるゲームは、かなり苦しい立場にいると考えられます。ということは、これからゲームを金を出して購入し、プレイしてもらうには、その金銭と時間を浪費してもいいという、二重の高値を克服する価値をそれに見いだせなければいけないと。となると、昔より相当価値をあげないといけないと。

これから先、娯楽が減る可能性はあまりないでしょう。そして時間が大幅に出来るということも望めないでしょう。となると、時が経つごとにますます厳しい戦いを強いられることになると。そう考えると、昔みたいな量が多い長時間ゲームではなく、短時間ゲームが主流になるのかもと思うことはあります。メーカーも、作る量が少ないほうがいいと思う可能性もありますし。

■参考:

長い間楽しまれるゲームというものは、メーカーにとってありがたくない存在なのか
『ストリートファイターII』のブームに始まる90年代のゲームセンターでは、ほとんどの筐体が対戦格闘用になってしまったという光景がよく見られました。私の場合はあまり熱狂的なものを見ると一歩引いてしまう、ひねた性格があったので、格ゲーにはそこま...

でもこれって、逆に飽きられるのを早くしてしまう可能性もあり、そうするとゲーム自体から離れる人が増えるという本末転倒なことにもなりかねません。

個人的には『どうぶつの森』みたいに、少しずつできて、且つかなり長い間飽きないゲームが多く出てくるというのがひとつの解決策だと思います。でも、全てのゲームがそうなると、逆に多様性がなくなる気もするし難しいところです。

 

これからゲーム制作、ゲームビジネスにとっては、そういう時間の使わせ方を考えるということが重要になってくるのでしょうね。

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